目標が果たすべき役割は、私たちを自由にする事です。
ここで大切な事は、目標を達成する事よりも、目標を持つ事が重要であるということです。
心理学者のデービッド・ワトソンは、彼の論文の中で「幸せへの鍵は、目標を達成することにではなく、目標を追求するプロセスにある」と明言しています。
つまり、目標はそれを達成する事で幸せをもたらすものではなく、その過程を楽しませてくれるものなのです。
おそらく大半の人が、周囲への期待、義務感、批判への恐れから、「行なわなくてはならない事」に多くの時間を割いています。
ケノン・シェルダンらはこう語ります。「私たちは、もしも幸せを追求するならば、周囲の人達の期待や社会的通年に従おうとするのではなく、自分が本当に行いたい事を目標として設定し、その達成を目指すべきである」と。
これは自分勝手に生きる事や、「行なわなくてはならない事」を完全に排除するという事ではありません。
その数を減らし、空いた時間を可能な限り「行いたいこと」に振り向けるという事です。
あなたが本当に行いたい事は何か
「人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、 何事かをなすにはあまりにも短い。」中島敦
人生の質を高める最善の方法は、内なる声に耳を傾けるという事です。
しかし、私たちの日常はとても忙しく、ほとんどの人が真剣な自問を発して内側からの答えに耳を傾ける時間を取れていません。
人生はあまりに短いにも関わらず。
心理学者のアブラハム・マズローによれば、「私たちが集中して何かを行うと、それを効率よく行なう私たちの能力が上昇するのみならず、私たちのその作業を環境が助けてくれるようにもなる」といいます。
また、神話学者ジョセフ・キャンベルも「あなたの至福を追求しなさい。そして恐れない事です。そうすれば、思わぬ場所で、思わぬ扉が、あなたのために次々と開かれてくるようになるでしょう」と述べてます。
人生は、大量の「行なわなくてはならない事」を行なうには短すぎます。
外側から課された義務、自分の興味と調和しない要請、社会的地位への誘惑に対して、どう行動すべきでしょうか。
「本当に行いたいこと」を目標として設定している人達は、一般に、それを行なっていない人達よりも幸せであるうえに、より大きな成功を遂げています。
「人間が手にしうるもっとも美しい運命、もっとも素晴らしい幸運は、情熱は傾けて行える事を行なうことで、生計を立てられるようになる事である」アブラハム・マズロー
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「深い充実感を伴った真の幸せには、自分の能力の充分な活用と、それを用いて創造しうる世界の充分な実現が付き添っている」
これは哲学者バートランド・ラッセルの言葉です。
私たち人間は、自分の行動が意義のあるものであってほしいという欲求をもっています。
また喜びをただ感じるだけでなく、その種の体験を自らが作り出したいと思っています。
あなたは今、あなた自身の能力を充分に発揮していますか?または、そうしたいと考えていますか?
あなたの能力を充分に発揮して初めてうまくいく、挑戦的な活動はいったいどんなものでしょうか?
人生の質を高めるために、内なる声に耳を傾ける必要があります。
インターネットが普及し、スマホを持つのが当たり前になった今、私たちの多くは真剣な自問をする時間を持ちません。立ち止まるにはあまりにも忙しいのです。
今行っている事は、あなたにとって本当に有意義なものですか?
本当は他にやるべき事があると感じていませんか?
幸せに生きるために
あなたはこの数日、随分と幸せについて考えさせられたのではないでしょうか。
そしてより深く学びたいと感じているでしょう。
私達が幸せに生きるためには、喜びだけでも、また、意義だけでも充分ではありません。
何よりもまず、どんなに有意義だと思える行動にも、喜びを感じる事が出来なければ長続きさせる事は極めて困難です。
また、出世競争型人間のように、大きな目標のために目の前の喜びを我慢し続けられたとしても、その時は明らかに幸せではありません。
例えば、テロリストに囚われ心身両面の虐待を受け続けている人がいたとします。
彼は世界平和のために身を投げ出し、紛争地域に乗り込む勇敢な人でした。
そして、盤石たる意志、生きる目的があった彼は、その苦しい状況の中でも生きる意義を見出していました。
しかし、彼が囚われの身となり幸せだった事など、万が一にもありえない事です。
幸せに生きるためには、意義を見出すと同時に、喜びも体験しなくてはならないのです。
そう、幸せには現在と未来双方の利益が必要なのです。
精神分析学者の巨匠に、フロイトとフランクルがいますが、それぞれの主張をミックスさせる事が、幸せになる定義になるのではないでしょうか。
フロイトは、「私たちは根本的に、喜びに対する本能的な欲求によって動かされている」と語ります。
フランクルは、「私たちは、喜びをに対する欲求によって動かされている」と主張しています。
しかし、意義と喜びをもたらしてくれる活動であったとしても、それぞれの活動に正しい量の時間を振り分ける必要があります。
映画を観続けてもどこかで退屈するでしょう。大好きな子供の面倒も、ずっと遊び続けてあげる事は大変な事です。
人生の質を高めるためには、自分に意義と喜びの双方をもたらしてくれる活動を特定し、それぞれ的確なバランスで実行する事が大切なのです。
「人間が創り上げることのできる最高傑作は、目的とともに生きる人生である」モンテーニュ
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